わたしのロックダウンは、ちょうど、一年前から始まっていました。
2019年9月22日
インド・マイソールへヨガ修行に行く、3日前のこと。
2カ月間、スタジオを留守にするので、ヨガクラスの先生方に向けて、勉強会を開いていました。
突然、今まで味わったことのない、尋常じゃない激痛が、奥歯から背中と胸に。
「救急車、呼んで」と、言ったまま倒れ込み、救急搬送され、緊急手術を告げられました。
モウロウとする意識と激痛の中、救急隊やドクター、看護師さん達の会話の一部分を今でも、ハッキリ覚えています。
🚑「コレ、早よせなアカンやつや」
👨🏼⚕️「手術できる先生、今、遠い所にいはるねん」
🚑「ワシ、○○病院に友達おるねん」
👨🏼⚕️「15.6時間の手術になるよ」
🚑「身内の連絡先、急いで、早く」
👩🏻⚕️「良かった、○○病院に移動」
👩🏻⚕️「このやり方、○○病院と逆やけど、仕方ないな」
👨🏼⚕️「ドクターカーが迎えに来るよ」
🚑「目を開けて」
❇︎❇︎❇︎❇︎
最初に運ばれた△△医療センターで、造影剤を入れての検査。首、両腕は点滴や、なんやかんや。
来ていたヨガウェアは、ハサミで切断。
ドクターカーに乗った時点で既に、身体中、管だらけ。
○○病院から、ドクターカーに乗って迎えに来てくれた声の低い先生に、「そんな、目、閉じてばっかりせんと、しっかり目を開けて」と、何度も何度も起こされました。
その、声の低い先生が、緊急手術をしてくださった先生の一人で、現在の主治医の先生にあたります。
❇︎❇︎❇︎❇︎
わたしの記憶はここまで。
次に目が覚めたのは、翌日のICU。
更なる管の数と、ブラックジャック並みの傷跡にドン引き。
目が覚めたとき、聞こえてきた会話。
👩🏻⚕️「あ!目、開いた」
👨🏼⚕️「安定剤多めに入れといて」
👨🏼⚕️「痛み止め早めに入れといて」
👨🏼⚕️「しっかし、血圧高いな」
何が原因で、どんな手術をしたのかをちゃんと理解したのは、たぶん1ヶ月後くらい。
ICUでの記憶はキラキラしていて、光に包まれて、まるで万華鏡の中。
暖かくて、よく眠り、安全地帯だった。
2.3日すると、暑くて、熱くて、仕方なかった。
とにかく、背中と胸が、燃えるように。
ある程度、状況を把握したら、のどが渇いた。
フルーツ牛乳が飲みたかったけど、まだ水分アカンかった。
❇︎❇︎❇︎❇︎
病名は
急性大動脈解離 Stanford A
高血圧症
❇︎❇︎❇︎❇︎
関係各社の皆様方、大変ご心配と、ご迷惑をおかけ致しました。
お陰様で、元気に過ごしています。
そして、これまで、わたしに関わってくださった皆々様。
ありがとうございました。
ご迷惑おかけしていたら、ごめんなさい。
この場を借りて改めて、お詫びさせていただきます。
しばらく静養していましたが、ゆっくり社会復帰しています。
今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。
❇︎❇︎❇︎❇︎
つづく。